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2009年9月9日水曜日

たっくんの完全なる飼育(15)最終回

 後日、理恵は信君の車に乗って、ようこの
マンションの前まで行った。
 ようこが出てくるまで、車の中で、張り込
みをしてみる事にした。

    ・・・

「ちょっと、あんたさぁ。お昼のご飯、買っ
てきてくんない?」
 ようこは風邪をひいてベッドに横になった
まま、竹部に云った。
「ああ、良いよ。夜のご飯は僕が作るから」
 今では竹部は手錠も足縄もされていなかっ
た。竹部はもはや、逃げようとはしなく成っ
ていた。
 ようこが、風邪で倒れてから、竹部が、よ
うこの看病をし、炊事洗濯などをしていた。
 今では、すっかり、普通の夫婦のような生
活をしていた。
「じゃ、行ってくるね」
 そう云うと、竹部は玄関の鍵を開けて、出
掛けて行った。
 
    ・・・

 理恵達は車の中でしばらく、マンションの
入り口を見張っていた。
 時間はお昼近くになっていた。
 諦めて、食事に行こうかと思った矢先に、
マンションから、たっくんらしき、人物が出
てくるのを発見した。
「信君。ね、あれ、たっくんじゃ無い?」
 幾分、痩せ細ってはいるが、マンションか
ら出てくる人物は間違いなくたっくんだった。
 理恵と信は車から出ると、急いで、たっく
んの所まで、走り寄った。
「竹部!おい!俺だ!」
 信が声をかけると、たっくんは立ち止まっ
た。
 たっくんは、はっとした様な顔をしている。
「おい。竹部。お前、無事だったんだな。さ、
帰ろう」
 信君がたっくんの腕を掴むと、たっくんは
それを振り払った。
「よしてくれ。僕は何処へも帰らない。ここ
が僕の家だからね」と、たっくんは今出て来
たマンションを振り返って云った。
「どうしたんだ?俺たちが、どれだけ、お前
の事を心配したか。実家のおふくろさんも悲
しんでるぞ」
「そうよ、たっくん。ね?帰りましょう」と理恵
は云ったが、たっくんは聞く耳を持たないと
言う風情だった。
「僕が居ないと、あの人はだめになってしま
うんだ。だから僕は帰らない」
 その言葉を聴いて、理恵は雷に撃たれたよ
うな衝撃を感じた。
 たっくんの口から出た言葉が信じられなか
った。
「どうしちゃったの?たっくん!あの女に脅
されてるのね?」
「帰りましょう」と、理恵が手を取ったが、
「帰らないと言ってるだろう!」と、たっくんは
その手も振り払った。
 理恵は信じられないと云った表情で泣き出
した。
 たっくんは、そんな理恵と信を尻目にその
場を逃げるように去ってしまった。
 信君は「仕方ない。本人がああ言ってるん
では……。さ、帰ろう」と云って、泣いてい
る理恵の肩を優しく包んで、車の方へ促した。

           おわり

たっくんの完全なる飼育(14)

 それだけでも、進展があった。
「まだ、諦めるのは早いわ。まだ、このビル
にいるか、もしくはそう遠くへは行ってない
はずよ。探しましょう」と理容子は云った。
 理恵は「そうね」と頷くと、理容子と一緒
に、更に下の階を探した。
「おかしいわねー。あの女の気配を全く感じ
ないわ」と理容子は云った。1階まで、降り
て来たが、女の気配は感じ無かったようだ。
「ちょっと、外へ出てみましょう」と理容子は
云った。
 二人は外へ出ると、キョロキョロと辺りを
見回した。
 すると、またしても、理容子が女を発見し
た。
「居たわ!こっちよ!」
 そう言うと、理容子は駆け出した。
 理恵も後に続いた。
 女は横断歩道の所で信号待ちをしていた。
 理恵達は、信号待ちをしている女の背後へ
近づいた。
 理恵は女の横顔を間近で見た。
 理容子が言ったように、20代後半と見ら
れる女だった。顔はとびきり美人という程で
もないが、まあまあの顔立ちと云う所か。
 髪はロングでカールヘアー。
 身なりは派手でも無く、地味でもないごく
普通のOL風の格好をしていた。
 理恵はこっそり、ケータイで女の横顔を写
真に撮った。
 理容子はさり気なく、女の背後に立って、
「あら、ごめんなさい」と云って、ちょっと
よろめくように女に接触した。
 女は「いいえ」と云った。
 女に接触した理容子の顔が驚愕の顔に変わ
った。
 理容子は理恵の耳元で小声で云った。
「この女が竹部さんを誘拐して、監禁してい
るわ」
「え?まさか!?本当なの?」
 理恵は咄嗟に言葉が出なかった。まさか、
監禁なんて。しかも、女が男を……。もし、
そうだとすると、これは立派な犯罪だわ。早
く警察に届けなくてはと思ったが、証拠が無
い。
「共犯者はいるの?」と聞いたが、単独犯だ
という返事が返って来た。
 理容子は続けた。「あたしも驚いたわ。接
触した途端に、竹部さんの監禁されている姿
が、脳裏に浮かんだわ。とにかく、この女を
尾行しましょう」と云った。
 二人は女に気づかれないように尾行をする
ことにした。
 女は横断歩道を渡って、バス停でバスを待
っていた。
 理恵たちも同じく、バスを待った。
 やがて、バスが来て、女はバスに乗った。
理恵たちも、後に続いて、バスに乗った。
 理恵たちは、女が座ったシートの少し後ろ
に座って、女を監視した。
 しばらくバスに乗っていると、女が降りる
用意をしだしたので、理恵たちも後を追って、
降りた。
 女はバスを降りると、商店街の方へ歩いて
行った。
 女は八百屋に入った。何か、店主と話して
いるようだ。
 しばらくすると、八百屋から女は出て来た。
 再び、理恵たちは、女に気づかれないよう
に後を追った。
 女はマンションに着くと、中に入って行っ
た。
 マンションは他人が入れない様になってい
るセキュリティマンションだった。
 これ以上、中の様子を確かめる事は出来な
かった。

 仕方が無いので、理恵たちは先ほど来た道
を引き返して、先ほど、女が入って行った商
店街の八百屋へ行った。
 八百屋の看板には、『檻商店』と書いてあ
った。
 八百屋に入ると、先ほどの店主が出て来た。
 八百屋のおやじは、「いらっしゃい。きゅ
うりが安いですよ」と云った。
 理恵はおやじに聞いた。
「あのう?つい先ほど、若い女の人が買い物
をして行ったと思うんですけど。ロングヘアー
の女の人なんですけど……」と云うと、おや
じは「あっ。ようこちゃんの事かい?」と云
った。
「名前は解からないんですけど、ようこさん
と言うんですか?」
 おやじは怪訝そうな顔をして言った。
「あんた達の聞いてるのは、この先のマンシ
ョンに住んでる、ようこちゃんの事じゃ無い
のかい?」と云った。
「あっ。そうそう、ようこさんだった」と、
理恵は咄嗟に誤魔化した。
「で、ようこちゃんに何か用かい?」と聞い
て来たので、もう良いですと言って、店を出
た。
 理恵たちは、たっくんの居場所をとうとう、
突き止めた。謎の女の名前は『ようこ』。 
そして、あのマンションの中には、たっくん
が監禁されているに違い無かった。

たっくんの完全なる飼育(13)

 理恵は焦っていた。理容子から聞いた、た
っくんの状態を考えると、一刻の猶予も許さ
れないのではないだろうか?
 こうしている間にもたっくんの身の上に何
か起こっているかも知れない。
 理恵は居ても立ってもいられなかった。
 理容子から、たっくんの状態を聞いてから、
はや一週間が過ぎようとしていた。
 その間、何の手掛かりも無かった。
 たっくんが失踪してから、1ヶ月近くが過
ぎようとしていた。
 一緒に街中を歩いて、たっくんの痕跡を探
して貰うように、理恵は再び、理容子に頼ん
だ。
 理容子は快く応じてくれた。
 今度の日曜日に、三宮駅の前で、会う約束
をした。

 理恵は約束の時間に三宮駅前に行った。
 少し待っていると、向こうから、歩いてくる
理容子が見えた。
「ごめんなさい。待った?」
 理容子はそう言いながら、こちらに近づい
て来た。
「ううん。あたしも今、着いたところだから。
何処を探せばいいか解からないけど、ちょっ
と、あちらの方へ行ってみましょうか?」
 理恵は理容子と二人で街中を歩き廻った。
 理容子は人ごみの中は苦手らしく、始終、
緊張した面持ちで歩いていた。
「理容子さん。ごめんなさい、休みの日だと
言うのに、こんな事につき合わせてしまって」
 理恵は理容子に対して、申し訳ないと思った。
 理容子は首を横に振った。
「ううん。あたしは理恵さんに協力したいの。
あたしも乗りかかった船だもの。竹部さんが
一日も早く見つかるといいわね」
「理容子さん。ありがとう……」
 理恵は理容子の言葉に胸が熱くなった。

 午前中、あちこちを歩き廻ったが、何の手
掛かりも掴めなかった。
「お腹が空いたわね。ちょっと、そこのレス
トランで食事をしましょうか?」
 理恵は前方に見えるファミレスで理容子と
食事をする事にした。
 食事をしながら、理容子は言った。
「あたし、人ごみの中はすごく苦手なの。人
が多い所は、直接接触しなくても、他人の想
念が流れ込んでくるので、常に緊張して、気
を張っていないといけないの」
「そうなんだ?ごめんなさい。こんな所へ連れ
出して」
「ううん。理恵さんの為だもの」
 理容子は微笑んだ。今日初めての笑顔かも
知れない。本当に申し訳ないと思った。
「まだ、何の手掛かりも掴めないわね。あた
し、家に一人で居ると、たっくんの事を考え
て、気が変になりそうなの。何もしないでい
るよりは、こうして動いていた方が、気が楽
なの」
 二人は食事を終えて、近くのデパートへ入
った。
 何かを買う訳でも無いが、洋服などを見て
いた。
 ふいに、理容子が理恵の袖を引っ張った。
「ね!理恵さん。あの女よ!」
「え!?何?」
 理恵が指さす方を観ると、遠方に女の人が
見えた。遠くて顔は良く見えなかった。
「あの女よ!喫茶店と欄干で見えた女」
 理恵は、こんな所で、謎の女が見付かると
は思っても居なかったので、びっくりした。
「え?本当なの?」
 理恵が指さす女はエレベータに乗ろうとし
て居た。
 理恵達は急いで、女の方を目指して駆け出
した。
 女はエレベータに乗ってしまった。
 理恵達が追いついた頃にはエレベータは閉
まって、階下へ降りて行ってしまった。
 エレベータは理恵達が居る8Fから、6F
で止まった。
 急いで、走って、エレベータの近くの階段
を6Fまで下りた。
 二人とも、はあはあと息を切らしながら、
6Fのエレベータ付近を見渡した。
「ねえ。あの女はいるかしら?」
 理恵はあたりをきょろきょろと見回しなが
ら、理容子に聞いた。
「あの女の気配を感じないわ。見失ったみた
いね」
 理容子は残念そうに言った。
 またしても、手掛かりを失ったように思え
たが、意外にも、謎の女はこの近辺に居ると
いう事が解かった。
 それだけでも、進展があった。

たっくんの完全なる飼育(12)

  第四章 焦燥

 すっかり、竹部もおとなしくなったわね。
 初めの内は、なんとか逃れようと、じたば
たしていたようだけど、最近はすっかり大人
しくなって、安心だわ。
 ようこはそう思いながら、帰宅して、玄関
の鍵を開けた。鍵は特殊なもので、外側から
のみ開くものに変えていた。内側からは鍵が
無いと開かない構造になっていた。
「ただいまー。今日もいい子にしてた?」
 竹部は、ようこが帰ってくると、飼い犬が
主人の帰りを喜ぶように、嬉しそうな顔をし
た。
 犬の様に尻尾が付いていたなら、竹部はし
きりに、尻尾を振っていたに違いない。
 ここ二週間で、驚くほど、従順になった竹
部を見て、ようこは嬉しかった。
「いい子ね。じゃー、御褒美に足縄はもう、
解いてあげましょう。今日から足縄はしない
わ」
 そう言うと、ようこは竹部の足縄を解いた。
 竹部は本当に嬉しそうな顔をした。
「ありがとう、ようこさん。ううう」
 竹部は嬉しさのあまり、涙ぐんでいた。
「まあ?そんなに嬉しいの?じゃー、御褒美
をもっとあげる。おねーさんと一緒にお風呂
に入りましょうね」
「え?本当ですか?一緒に風呂に入っても
いいんですか?」と竹部は嬉しそうな顔をした。
 竹部はすっかり、ようこに飼い慣らされて
しまったようだ。
 ようこは竹部の手錠をはずした。
「あたしが先に入ってるから、後から入って
来ても良いわよ」
 そう言うと、ようこは脱衣所に行った。玄
関の鍵は用心の為、一緒に持って行って、脱
衣所の棚の上の方に隠した。
 先に湯船に入って、待っていると、洗い場
に竹部も入って来た。
 竹部は恥ずかしそうに、前をタオルで隠し
ていた。
「さ、そこに立ってないで、ここへお入んな
さい」
 湯船に一緒に入るように促すと、竹部はお
ずおずと湯船に入ってきた。
 ようこは、自分の裸を見て興奮している竹
部を見るのが面白かった。
「あら?何、タオルで前を隠してるの?そん
なに大きくして。嫌らしいわね」
 ようこは竹部の一物をぎゅっと握った。
「いっ!」竹部は男の急所を急に握られたの
で顔をしかめ、短く声を漏らした。
 そのまま、竹部の硬くなったものを上下に
しごいた。
 竹部は気持ち良さそうに、目を瞑っている。
 竹部のものはますます、熱く、硬くなって
いた。
「さ、出るわよ。あたしの背中を流して」
 竹部の視線を背中に感じながら、ようこは
湯船から出た。
 湯船から出て、椅子に座ると、竹部も後に
続いて、湯船から出た。
 竹部は言われるままに、タオルに石鹸を付
けて、ようこの背中を流した。
 時々、間違った振りをして、ようこのおっ
ぱいの方まで、手が伸びてきた。
 ようこは、すかさず、その手をぴしゃっと
叩いた。
「何してるの!誰がお乳を触って良いって言
った?」
 竹部は子供が叱られた時のように、「ごめ
んなさい」と小さくなって謝った。
 その様子を見て、ますます、竹部を虐めて
やりたくなった。
「反省してる?じゅあ、罰として、あたしの
乳首を10分間舐めなさい」
 竹部は従順に「はい」と返事をして、ようこ
の前に回りこむと、中腰に成って、ようこの
おっぱいを鷲づかみにした。
 竹部の痛いほど怒張した一物が天を突いて
いるのが見えた。
「ちょっと!痛いわね!もう少し優しくする
のよ!」
 ようこに叱られ、益々、竹部は小さくなっ
て、ようこの乳首を舐めた。
 竹部はチュパチュパと音を立てながら、よ
うこの乳首を舐めた。
 ようこは竹部の怒張した一物の先端を触っ
てみた。先端は先走りでヌルヌルしていた。
「たっくん。何?このヌルヌルしたものは?
本当に嫌らしいわね、あなたって」
 ようこは、しきりに乳首を舐める竹部の頭
を見下ろしながら言った。
 全然、罰になっていないけど、気持ち良い
から、ま、いいかと思った。
「さ、もう良いから、出るわよ」
 竹部は名残り惜しそうにしながら、ようこ
の乳首を舐めるのをやめた。
 ようこはお風呂から出ると、バスタオルを
竹部に渡し、「あたしの体を拭きなさい」と
命令した。
 竹部は嫌がる様子も無く、自分は濡れた体
のまま、嬉々として、ようこの濡れた体をバ
スタオルで丹念に拭った。
 特に、ようこの水の滴る、股間の茂みは丹
念に拭った。
 タオルが性器に触れるたびに気持ち良かっ
た。
 あまり、したい放題にさせておくと、図に
乗ると思い、竹部の手を払い退けた。
「もう、良いわ」素っ気無く、そう言うと、
ようこはさっさと、下着とパジャマを身に着
けると、リビングの方へ行った。

たっくんの完全なる飼育(11)

 理容子はそんな理恵を見て、気の毒に思っ
たのか、「ちょっと、外へ出てみましょうか。
何か手掛かりになる物があるかも知れないわ」
と言った。
 理容子は喫茶店を出た。
 理恵、利美と信も後に続いた。
 理容子は歩きながら、話した。
「強烈な記憶を刷り込まれた物体は、遠く離
れていても、その思念を感じることがあるの。
だから、このあたりで、竹部さんの何か手掛
かりになる物が見つかるかも知れないわ」
 歩きながら話していると、理容子の足が急
に止まった。
「向こうの方に竹部さんの思念を感じるわ」
 理恵は、たっくんがこの近くに居るのか?
と思った。
「本当ですか?」
 理恵は理容子の顔を覗き込んで、尋ねた。
 近くには川が流れていた。
「こっちの方よ」
 理容子は橋の方に向かって、早足で歩いて
行った。
 理恵達も理容子の後を追った。
 理容子は橋の欄干の所で立ち止まった。
 手摺に触った。
「ここで竹部さんは川を眺めていたわ」
 理容子は続けた。
「ここで感じるのは竹部さんの悲しみ・自責・
不安・孤独……」
 それを聞いて、理恵ははっとした。
 あたしのせいでたっくんを追い込んでしま
ったと思った。
 不意に熱いものが込み上げてきた。
 涙が自然に出て来た。
「うわーん。たっくん。ごめんなさい」
 信は理恵が泣くのを見て、「そんなに、自
分を責めるなよ」と、優しく慰めた。
 理容子は続けた。
「竹部さんはここで、ひがな一日、川を眺め
ていたわ。それと、先ほど、喫茶店で感じた、
女の人とも、ここで一緒にいたわ」
 理恵は、またもや、謎の女かと思った。
「また、女の人ですか?その人はたっくんと
一緒に居るんですか?」
「ええ。竹部さんは、女の人とここで会って、
それから、喫茶店に行ったみたいね」
「そうですか。他に何か解かりますか?」
 理容子は欄干を触わりながら言った。
「竹部さんは、その女の人と何度か会ってい
ます……。残念ながら、解かるのは此処まで
です」
 理容子は申し訳なさそうに言った。
 理恵は涙をハンカチで拭うと、「ううん」
と首を振って、「ありがとう。すごく参考に
なったわ」と理容子に礼を言った。
 理容子は「あたしで良ければ、いつでも御
協力します。また呼んでください。今日のと
ころはこれで……」と言った。
「うん。ありがとう。またね」と、理恵は別れの
挨拶をすると、理容子は帰っていった。
 利美も用事が在るからと言って、帰った。
 信君と二人になり、謎の女の事を話した。
 二人の意見は、たっくんの失踪は、謎の女
が絡んでいるという事で一致した。
 はたして、その女は何者なのか?
 手繰り寄せた糸は、またしても、ここで、
ぷっつりと切れてしまった。

たっくんの完全なる飼育(10)

 不思議な少女の話はまだ続いた。
「最初に物体には記憶があると言ったけど、
たまに、物体に人間の魂が宿ることもあるの。
たとえば、人形とか。日本人形の髪の毛が伸
びて来たとか、言う話を聞いた事あるかなぁ?
 これなんかは物体が魂を宿す典型的な例な
んだけど。
 人間の物に対する執着が強ければ強いほど、
その物体には人間の記憶が強烈に刷り込まれ
るの。そして、その強烈な記憶は物質を原子
レベルで変質させてしまうの」
 理恵は理容子の話を聞いていて、だんだん、
背筋が寒くなってきた。
 この子は本物だと思った。
 人に接触するだけで、相手の考えが読める
のなら試してみようと思った。
「理容子さん」
 理恵に呼ばれ、理容子は話を中断した。
「はい?」
「あの。人に触れるだけで、相手の考えが読
めるんですよね?」
「はい。ちょっと、相手に触れるだけで、相手
の想念がわたしに流れ込んできます。
 心の準備無しに不用意に相手に触ると、わ
たしの自我が危険に晒されます」
「自我が危険に?」
 自我の危険とは何だろう?理恵は不思議そ
うに聞いた。
「はい。触った相手の自我がわたしの自我を
凌駕した場合、あたしの自我は瞬間的に無く
なることもあります。簡単に言えば、わたし
が、接触した相手に成ってしまうのです」
「じゃー、接触した人はどうなるの?」
「どうにもなりません。普段と何も変わりません。
ただ、わたしの方は相手の自我のコピーを受
けとり、すりかわってしまいます。
 でも、それも、直ぐに元に戻りますが、す
りかわっている間のわたしの記憶はありませ
ん」
「へー。そーなんだ?じゃー、満員電車なん
か、乗れないんじゃない?」
「その点は大丈夫です。電車に乗るときは気
お張っていますから」と理容子は笑った。
「じゃぁさ。わたしに触って、わたしの考え
てる事を言って貰ってもいい?」
「はい。良いですよ」と言って、理容子は右手
で軽く、理恵の肩に触った。
「そうですねぇ。理恵さんは今、失踪した、
たっくんと言う人の事を考えています。そし
て、その人に関わっているかも知れない女の
人のことを考えています。あとは、今朝、朝
食を抜いたので、お腹が空いてきたなぁと思
っています」
 まさに、そのとおりだった。
「すごい……。そのとおりよ……」
 心の中を読み透かされた。理恵は理容子に
対し、得体の知れない不快感を感じた。
 その遣り取りを見ていた、信君は俺にもお
願いしますと言って、理容子に肩を触って貰
った。
「そうですね。信さんは、今……」
「今、何?」理恵はごくっと生唾を飲んで、
先を促した。
「トイレに行きたいと思っています」
 その答えを聞いて、ぷっと吹いてしまった。 
「なんだ、信君、早くトイレに行きなよ。あ
はは」
 信君は「かたじけない」と言って、恥ずか
しそうに、いそいそと、トイレに行った。
 次に、理恵はたっくんの写真を理容子に渡
した。
「その写真の子がたっくんなんですけど。何
か感じますか?」
 理容子は写真を手に取って眺めていたが、
不意に窓際のソファーに移動して、ソファー
を触り始めた。
「ここに、この写真の男の子が座って居たわ」
と理容子はソファーを摩りながら言った。
「え?本当ですか?それは、いつの事か解か
りますか?」
 理恵は急き込んで尋ねた。理容子は続けた。
「そうですねぇ。二~三週間前ぐらいかしら。
一緒に女の人が居るのが見えます。20代後
半ぐらいの女の人です」
 理恵は間違い無いと思った。たっくんはこ
こで、女の人と会っていた。
「マスターの言ってた人だわ。その女の人と
何処へ行ったか解かりますか?」
「うーーん。それはわからないわ。この、ソファー
の記憶から解かるのは此処までね」
 理容子の答えを聞いて、理恵はがっかりした。
 理容子はそんな理恵を見て、気の毒に思っ
たのか、「ちょっと、外へ出てみましょうか。
何か手掛かりになる物があるかも知れないわ」
と言った。

たっくんの完全なる飼育(9)

  第三章 霊感少女

 理恵はなんとしても、理容子に会いたかっ
た。
 会って、その超能力の真偽の程を確かめた
かった。その超能力が本物なら、きっと、た
っくんの行方の手がかりが掴めるはず、と思
った。
 理容子に会えるように、利美に頼み込んだ。
 利美はわかったと言った。会える手はずが
整ったら、連絡すると言った。

 明後日、利美から、連絡があった。
 この間の喫茶店に理容子を連れてくる、と
言って電話は切れた。
 理恵は信に連絡し、喫茶店に向かった。
 喫茶店には既に、利美と理容子らしき女の
子が来ていた。
「おまたせー」
 理恵は喫茶店に入ると、利美と、その女の
子を見た。
 女の子は別段、変わった様子は無く、どこ
にでもいる普通の女子大生という感じだった。
 利美が紹介した。
「この子が理容子ちゃんです」
 理容子は軽く会釈をすると、「はじめまし
て」と言った。
「こんにちは。あたしは、理恵です」
 お互いに自己紹介をしていると、遅れて、
信君もやって来た。
「ごめん、ごめん。遅くなって」
 信は慌てて来たようで、息が乱れていた。
 理容子さんに信君を紹介して、早速、本題
に入った。
「理容子さん、ごめんなさい。初対面なのに
呼び出すような事をして。利美から聞いてい
ると思いますけど、あたし達の友達が失踪し
て、行方がわからなくなっているの。そこで、
理容子さんの力を借りられないかなと思って
……」
「はい。だいたいのお話は利美ちゃん
から聞きました。あたしで、お役に立つなら、
ご協力します」
 その返事を聞いて、理恵は安心した。
「本当ですか?ありがとうございます」
 理恵は礼を言った。
 この子が本当に超能力の持ち主なのかどう
か、確かめなくてはと思った。
「あのう?利美から、聞いたんですけど、理
容子さんは、本当に未来が見えるんですか?」
 理恵からの突然の質問に理容子は困ったよ
うな顔をして言った。
「え?あたしは未来を見ることは出来ません」
 理恵は理容子の以外な返答を聞いた。
「理容子さんは人の考えていることが判るっ
て聞いたんですけど……」
「そんな……。正しくは、何て言えばいいのか
な?物に触ると、その物体が持っている記憶
を読み取ることが出来る、と言えばいいかしら?
 全ての物体には記憶があるのよ。丁度、コ
ンピュータのメモリーみたいにね。あたしは、
その物体の記憶を触るだけで、直接読み取る
ことが出来るの。
 だから、人に触れると、その人の考えてい
る事がわかるの。
 あとは、人の想念の凝り固まった場所とか
に行くと、その想念に囚われてしまう事もあ
るわ。
 例えば、不慮の交通事故で亡くなった人が
自縛霊となっている場所にさしかかると、急
に車のハンドルが動かなくなって、危うく事
故を起こしそうになったりとか……。
 だから、超能力と言うよりも、霊感力だと
思うの。
 あたしは、この能力のおかげで、今まで、
どんなに嫌な思いをして来たことか。
 一時は自殺も考えたわ……」
 理恵は理容子さんの深い悲しみの一端を垣
間見たような気がした。
 理容子は淡々と話を続けた。
「だから、あたしの場合は未来はわからない
わ。あたしの思うに予知能力というのは、当
たらないものだと思うの。
 これも、木から教えて貰った知識なんだけ
ど……」
「木?あの?植物の木ですか?」
 理恵は聞き間違いかと思って、不思議そう
に聞いた。
 理容子は微笑みながら言った。
「そ、植物の木よ。キャンパスに300年前
の銀杏の木があるんですけど、あたし、時々、
その銀杏の木に触って、お話するの」
 銀杏と話しをする少女か……。なんとも、
不思議な少女だと思った。
 理容子は話を続けた。
「その、銀杏の木が言うには、未来は現在の
延長上にあるんだけど、幾つも枝分かれして
いるの。その枝分かれした先が未来なの。だ
から、いくつもの未来が無数にあるの。その
未来は、丁度、RPGゲームのようにその時
の選択によって、時々刻々と変わっていくの。
 だから、未来をある程度、予測は出来ても
見る事は不可能なんだって。銀杏の木さんは
言ってたわ」
 聞けば聞く程、不思議だと思った。
「また、銀杏の木さんはこうも、言ってたわ。
だから、タイムマシンという物は無いんだっ
て。過去に戻る事は出来ても、その過去から、
今来た、未来へ戻ることは不可能だって。だ
って、未来は時事刻々と変わっているから、
過去に着いた時点で未来は、もう変わってし
まっているの。だから、もと来た未来へは戻
れない。結局、タイムトラベラーは時間の狭
間を彷徨うことになる訳。だから、タイムマ
シンは意味が無いそうよ」
 不思議な少女の話はまだ続いた。

たっくんの完全なる飼育(8)

 コーヒーを飲みながら、信君と、これから
どうするか話しあった。
 信君と話していると、先ほどのマスターが
何か言いたそうな顔つきで、あたし達のテー
ブルへやって来た。
「そういえば、この前、丁度、二週間ほど前
かなぁ。
 そ、丁度、お客さん達ぐらいの男の子と、
20代後半ぐらいの女の人が一緒に、店に来
ましてね。
 この店もあまり、お客さんが来ないもんで
……。わたしも暇してたんで、妙に気になり
ましてね。それで、憶えてたんですがね……」
 理恵はバッグの中から、たっくんの写真を
取り出して、マスターに見せた。
「この、男の子なんですけど……」
 マスターは写真を受け取って、しげしげと
見た。
「うーん?この男の子だったようにも思うけ
ど?はっきりは憶えてないなぁ」
 写真を理恵に返しながら、残念そうに言った。
「そうですか」
 マスターの曖昧な返事を聞いて、理恵は少
しがっかりした。
 マスターの話の中の男の子がたっくんだと
すると、女の人と一緒に居たと言う事か?
 いったい、その女は誰なんだろう?
 理恵には心当たりが無かった。
「その、女の人って誰なんだろうな?」と、
信君が言った。
「信君も、その女の人に心当たりは無いのね?
誰なんだろう?」
 あたし達は、これ以上、マスターに聞いて
も何も得るものは無いだろうと思い、礼を言っ
って、再び信君と相談を続けた。
 探偵社に頼んでみようとか、自分達で、こ
のあたりの聞き込み調査をしようとか……。 
 信君と話していると、ふと、理恵の頭の中に、
ある人物のことが浮かんだ。
 それは、理恵の友達で、姫路女子短大に通
っている、利美という子から聞いた話だった。
 いつものように、喫茶店に、仲良しの仲間
が集まって、話している時に、その話題は出
た。
 利美の通っている短大には、不思議な少女
がいると言う話だった。
 利美から聞く所に依ると、その少女が、物
に触れると、その物体が持つ記憶とでもいう
べきものが頭の中に流れ込んで来ると言うの
だ。そもそも、物体に記憶があるというのも、
おかしな話だと思った。
 例えば、その物体が個人が愛用している物
であったり、着物であったりと愛着の深い物
であればある程、その物体は強烈に所有者の
記憶を所持しているというのだ。
 海外では、行方不明者の捜索に超能力者を
用いて、実績を上げているという話を、この
前、テレビのバラエティ番組か何かで見たの
を思いだした。
 この事を信君に話した。藁をも縋りたい思
いだったので、早速、利美に電話して、その
女の子に会ってみようと言う事になった。

「もしもし、利美?うん。あたし。あのね、
この前の話で、利美の学校に不思議な女の子
が居るっていう話が出たじゃない?うん。
それでね、その子に会いたいんだけど、会え
るかなぁ?実は、友達が行方不明で……。
え?ここに来るって?うん、判った」
 理恵はケータイを切った。
 信君に、利美が今すぐここへ来てくれるこ
とを伝えた。
 30分ほどして、利美がやって来た。
「こんにちわー」
 利美は挨拶すると、テーブルに着いた。
 理恵は信君のことを利美に紹介すると、早
速、本題に入った。
「それでね。その不思議な少女なんだけど、
会ってくれるかなぁ?」
 利美は眉をしかめて、気むづかしそうに言
った。
「その子なんだけど、ちょっと変人なのよ。
あたしは話したこと無いから判らないんだけ
ど、みんなは気味悪がって、近づかないの」
「名前はなんて、言うの?」
「理容子っていうんだけど、友達から聞いた
話だと、その子、相手の心の中が読めるっ
ていうの?こっちの考えている事を、話して
もいないのに、先走って話してみたり……。
 心の中を見透かされているみたいで……。
 それで、気持ち悪がって、みんな、その子
に近づかないの」
 利美の話を聞いて、理恵はますます、その
子に会いたくなった。
 会って、たっくんの事を頼んでみようと思
った。

たっくんの完全なる飼育(7)

 とりあえず、今日のところは帰ることにし
て、二人とも、帰路についた。
 翌朝、警察のほうから連絡があって、信君
と、署の方へ出向いた。
 警察の方から、家族の方へも連絡があった
みたいで、たっくんのお母さんらしき人も来
ていた。
 たっくんのお母さんらしき人は、あたし達
を見て、直ぐ友達とわかったのか、こちらの
方へ近づいてきた。
「あのう?皆さんは、内の息子のお友達です
か?」
「はい。そうです。同じサークル仲間なんです」
と、あたしは答えた。
「そうですか。このたびは内の息子がご迷惑
をかけて……」
 そう言うと、たっくんのお母さんは、嗚咽を
漏らして、泣き出した。
「あ。ごめんなさいね。わたしは、やち子と
言います。息子はめったに実家に帰って来な
いもんですから。まさかこんな事になってる
とは思いませんでした……」
 そう言うと、また泣き出した。
 そこへ、たっくんのお父さんらしき人もや
って来た。
「あ。朗愚のお友達の皆さんですか。本当に、
うちの馬鹿息子がご迷惑をかけて……」
 たっくんのお父さんは少し怒っているよう
に見えた。
 信君は片手を振りながら、「いいえ。迷惑
だなんて……。俺たちに出来ることは何でも
します」と言った。
 たっくんの両親は警察へ家出人捜索願を出
した。
 家出人にも種類があり、「一般家出人」と
「特異家出人」が、あるそうだ。
「一般家出人」は事件性の無いもの、「特異
家出人」は何か事件に巻き込まれた可能性の
あるものだそうで、たっくんの場合は、事件
性は無いものと見做され、一般家出人扱いを
された。
 一般家出人だと、警察の捜索はしないと言
われた。
 何か判ったら、連絡しますからと、警察の
人に言われ、たっくんの両親はがっくりと肩
を落として帰って行った。
 あたし達も仕方なく、帰路についた。
 
    ・・・・

 警察へ行って捜索願いを出してから、早、
一週間が過ぎようとしていた。
 あれから、警察の方からは何の連絡も無か
った。
 信君とあたしは、その後、何の手がかりも
掴めないまま、無為の日を過ごしていた。
 信君を誘って、再度、たっくんのアパート
へ行ってみた。
『ひょっとして、たっくんは、帰っているか
も』と、凡そ考えられない現実離れした期待
を胸にして……。
 ピンポーン。一応、ドアのチャイムを鳴ら
してみた。
 やはり、たっくんは帰っているはずも無か
った。
 たっくんのアパートの近くに喫茶店があっ
たので、信君と入った。
 入り口の看板には、『喫茶 観留』と書い
てあった。
 何だか、薄暗い店内だ。他に客は見あたら
なかった。
 あたし達は、入り口の近くのテーブルの椅
子に座った。
「いらっしゃいませ」
 店の奥から、およそ40代くらいのマスター
と思しき人がやって来た。
 男は愛想の無い顔で、「何に致しましょう?」
と、ぼそっと言った。
 マスターからメニューを受け取って見ると、
メニューの種類がとても少なかった。
 信君とあたしは、取り合えず、ホットコー
ヒーを頼んだ。
 間もなく、男はホットコーヒーを二つ持っ
て来た。
 ここのマスターなら、何かたっくんの事を
知っているかも知れないと思い、だめ元で聴
いてみた。
「あのう?この近くに住んでいる、若い男の
子で竹部朗愚っていう子が居るんですけど、
知ってますか?」
 男は、しばらく考えていたが、「ん~。ち
ょっと判らないなぁ」と、言った。
 予想していた答えが返ってきた。
 コーヒーを飲みながら、信君と、これから
どうするか話しあった。

たっくんの完全なる飼育(6)

  第二章 失踪

 たっくんと連絡が取れない。大学へは、こ
この所来てないようだし、ケータイに電話し
ても出ない。このあいだ、たっくんとは、ほ
んの些細な事で喧嘩をして、ずっと電話をし
ていない。
 あたしのほうから、謝るのも悔しいし、ず
っと、放っておいたんだけど、この一週間ほ
ど、大学へも来てないし。
 どうしたんだろう?
 たっくんの家へ行ってみようかしら?
 と、言っても、たっくんの家は知らないし
……。
 そうだ。信君に一緒に行って貰おう。
 彼なら、たっくんの住んでいる所を知って
いるに違いない。
 来流 信、彼はたっくんの親友で、同じサ
イクリング同好会の仲間で、たっくんの親友
だ。あたしも、その同好会に入っている。
 たっくんとは、その同好会で知り合った。
 あたしは、サイクリング同好会に顔を出し
た。
 信君は自転車の手入れをしていた。
「信君。こんにちは」
 信君は手入れを止めて、こっちを向いた。
「やぁ。理恵ちゃん。おひさ。どうしたんだ
い、最近、顔を出さないで。そうか、竹部と
のデートが忙しくて、それどころじゃないん
だな?たまには、こっちへも来なくちゃだめ
だよ」
 信君は笑いながら言った。
 信君なら、たっくんの事、何か知ってるか
も知れない。
「ねぇ、信君」
「ん。なんだい?」
「たっくんが、最近、大学へ来ないんだけど、
電話へも出ないの。どうしちゃったのかな?
信君、何か知らない?」
「え?理恵ちゃんの電話にも出ない?
 俺も、あいつに電話したんだけど、ぜんぜ
ん出ないんだ」
 信君の電話にも出ないなんて、おかしいと
思った。
「あのう。それはいつからなんですか?」
「一昨日かな。何度も電話したんだけど、出
ないんだ」
「どうしちゃったのかな?たっくん」
「そうか、理恵ちゃんの電話にも出ない
なんて、こりゃ、ちと、おかしいな」
「あたし、たっくんと喧嘩して、何日も口をきい
てなかったの。どれで、電話にも出てくれない
のかと、思ってたんだけど。大学にも出てこ
なくなっちゃって……」
 さっきまで、笑っていた信君は真面目な顔
になって言った。
「そうか、あいつ、どうしたんだろうな?よ
し、これから直ぐ、あいつのアパートに行っ
てみよう。理恵ちゃん、これから、大丈夫?」
 あたしはこっくりと頷くと、信君と一緒に、
たっくんのアパートへ向かった。
 たっくんのアパートは姫路駅から、徒歩2
0分程の所にあるらしい。
 姫路駅の改札を出て、信君と歩いていると、
橋が見えて来た。
 たっくんのアパートはこの橋の近くにある
らしい。
 橋を渡って、ちょっと歩くと、商店街にな
った。
 街中をてくてくと歩いていると、アパート
が見えて来た。
「ここだよ。竹部のアパートは」
 そこには、二階建てのどこにでも見かける
ようなアパートがあった。
 信君がアパートの階段を昇っていったので、
あたしも後に続いた。
 たっくんのアパートの扉の前のポストには、
新聞が何日分か、無造作に突っ込まれていた。
 入りきらない分は扉の前に置かれていた。
「ピンポーン」信君はチャイムを鳴らした。
 たっくんの出てくる様子はない。再度、鳴ら
してみたが、やはり出てこない。
 中の様子は伺いしれないけど、人の居る気
配がまるで無い。
「理恵ちゃん。これは、おかしいぞ」とあた
しに向かって言った。
 あたしは、何がなんだか、分からなくなっ
た。半べそをかきながら、信君に言った。
「どうしよう?信君。あたしのせいで、たっ
くんが自殺でもしていたら?」
 信君は真剣な表情で言った。
「おいおい、縁起でもない事、言うなよ。と
りあえず、不動産屋さんに連絡してみよう」
 信君はアパートの立看板にある、電話番号
を見て、ケータイで電話した。
「はい。そうなんです……。はい……。わか
りました、お待ちしてます」
 信君はケータイを切ると、「すぐ、不動産
屋の人がこっちへ来てくれるって。ちょっと、
ここで待っていよう」と言った。
 まもなく、不動産屋の車が来た。中から、
不動産屋の社員が降りてきた。
「お待たせしました。おろおろ不動産の裸婦
羅です。竹部様の203号室ですね」
 そう言うと、おろおろ不動産の社員は二階
への階段を昇って行った。
 あたし達も後に続いた。
 ガチャッ
 たっくんの部屋の扉が開いて、社員は中に
入って行った。
「ごめんください?」
 部屋の中は空だった。
 恐れていた、最悪の事態は回避できたけど、
たっくんは何処へ行ってしまったのだろう?
 あたしは信君に言った。
「どうしよう?たっくん、いない……。まさ
か、自殺?」涙がポロポロと頬を伝わった。
「おいおい。とりあえず、警察へ連絡してみ
よう」
 不動産屋の社員も困った顔をしていた。
 とりあえず、礼を言って、帰ってもらった。
 しばらくすると、今度は警察のパトカーが
やってきた。
 中から、警察官二名が降りて来た。
「ここですか。竹部さんのアパートは?」
 信君が経緯を説明した。警察官の質問に答
えていると、周りは薄暗くなって来た。
 とりあえず、今日のところは帰ることにし
て、二人とも、帰路についた。

たっくんの完全なる飼育(5)

 竹部はがくがくと頭を縦に振って、頷いた。
「そう。いい子ね。じゃー、猿轡と縄を解い
であげるわ」
 竹部の猿轡と足の縄を解いだ。
 竹部は猿轡を解かれるなり、言った。
「いったい、どういうつもりなんだ?僕に何
か恨みでもあるのか?会ってから、何日も経
ってないし、僕は君に恨まれるよう事はして
ないぞ」
 あたしは、可笑しそうに笑って言った。
「あら、あたしは、あなたに恨みなんか何も
無いわ。ただ、あなたを飼いたくなっただけ」
 竹部は信じられないという顔をした。
「君はどうかしてるぞ。一度、精神科の医者
に診てもらったら、どうだ?」
「ほほほ。あたしは至って正常よ。そんな、
必要は無いわ。
 それより、朝食の用意が出来たから、ご飯を
食べましょうよ」
 竹部は唖然として、あたしを見た。
 そして、憮然とした表情で言った。
「手錠をかけられたままじゃ、食べられない
じゃないか」
「あら、それもそうね。じゃー、あたしが、食べ
さしてあげる」
「こんな格好で食べられるか!」
「あら、素直じゃないわねー」
 あたしは、また、スタンガンを手に取った。
「や、止めてくれ。わかった。わかったから、
それは止めてくれ」
「あら?急に素直になったわね。じゃー、
こっちに来て、食卓の椅子に座ってね」
 竹部に椅子を勧めて、あたしも食卓に着い
た。
 竹部の口の前にスプーンで掬った、スープ
を持っていった。
「はい、あーんして」
 竹部は口を開くとスープをごくんと飲んだ。
 次に、パンをちぎって、口の前に持って行
った。
「はい、あーん」
 開いた口の中へパンを入れた。
「もう、良いよ。食べたくない」と、竹部は
言った。
「もう、食べないの?しょうが無いわね。じ
ゃ、あたしはお仕事に行かなくちゃいけない
から、帰ってくるまで、おとなしくしてるの
よ。それから、足の縄と猿轡は、またさせて
貰うわよ」
 竹部は冗談じゃないと言ったが、スタンガ
ンをバチバチとかざしたら、おとなしくなっ
た。
「今のうちにトイレに行っておいたほうがい
いかもね」
 スタンガンはいつでも使える状態にして、
手錠をはづしてあげた。
 竹部がトイレに入っている間、ドアの所で
待った。
 トイレから出てきた竹部を再び、拘束した。
「トイレに行きたくなったら、これで、済ま
してね。なるべく、早く帰ってくるから」
 竹部が横たわっている傍に、携帯用のトイ
レを置いた。
「手錠をしているけど、そのくらい、使える
でしょ。それじゃーね。いい子にしてるのよ」
そう言うと、玄関に鍵を掛けて、最寄の駅に
向かった。
 仕事をしている間も、竹部の事が気になっ
て、仕事が手に付かなかった。
 終業のチャイムが鳴るのが、待ち遠しかっ
た。
 仕事が終わると、急いで帰り支度をして、
帰路についた。
 駅の改札口を出ると、いつも帰宅途中に寄
っている『檻商店』という八百屋に入った。
「ごめんくださーい」
 店の奥から八百屋のおやじが出て来た。
 おやじは、にこにこして言った。
「お、ようこちゃん。今日はいつもより、早
いね」「はい、おじさん。仕事が早く終わっ
たの。今日は何にしようかな?そうだ、寒く
なってきたから、鍋ものにしようっと」
 鍋ものの食材を仕入れた。
「ようこちゃん。一人で鍋かい。おじさんが
一緒に食べてあげようか?ははは」と、おや
じは冗談を言った。
「やだー。おじさんじゃダメよ。もっと、イ
ケメンじゃ、なくちゃ」
「お、言うねー。こりゃ、参った。ははは。
よし、きゅうり一本おまけだ!」
「わー。ありがとう」
 奥から、おかみさんが出て来た。
 いつも、お世話になっている八百屋のおか
みさんで、栗さんという。
「あら、ようこちゃん。いらっしゃい。この
人ったら、若い子を見ると、すぐ、鼻の下を
伸ばして」
 おかみさんは隣の亭主のわき腹を肘で軽く
突いた。

 檻商店を後にして、近くのスーパーで男物
の下着を買った。
 男物の下着をレジに出すとき、ちょっと恥
かしかったけど、夫の下着を買いに来た妻と
いうシチュエーションを装った。
 買い物を済ませ、自宅の玄関のドアを開け、
家の中に入ると、朝、出るときの状態で竹部
は横たわっていた。
「ただいま。いい子にしてた?」
「……」
 竹部は何も言わなかった。
 携帯トイレの始末をして、夕食の支度にか
かった。
「今日は、お鍋よ。食べるとき、猿轡だけ、
はづしてあげるわ」
 手錠をして、足に縄を巻いた状態で、椅子
へ座らせた。
 竹部はずっと、食べるものを食べてないの
で、口に食物を運んであげると、ガツガツと
食べた。

 食事を終えて、再び猿轡をした。
 しばらくして、お風呂の用意をした。
「お風呂に入らなくちゃね。あたし、先に入
るから。あなたは、後で入れてあげる」
 竹部はもぐもぐ言ったが、何を言っている
のか、解らなかった。
「あー。いい湯だった」パジャマにバスロー
ブを羽織って、髪を乾かした。
「さ。あなたもお風呂、入りましょうね」
 手錠はそのままに、足の縄を解いて、服を
脱がせた。
 服を脱がせる時、少し抵抗したが、頬をパ
シッと叩いたら、おとなしくなった。
 上着を脱がせる時、手錠が邪魔で脱がせら
れなかったので、一旦はづして、服を脱がせ
また手錠を掛けた。
 竹部は一糸まとわぬ、すっぽんぽんになっ
て、恥かしそうにしていた。
 男の人のあそこを見るのは、初めてじゃな
いけど。なんだか、あたしも恥かしいので、
出来るだけ見ないようにしてあげた。
 あたしも、着ているものを脱いで、ブラと
パンティーだけになった。
 竹部は興奮しているのか、あたしの半裸を
見て、手錠がかかっている両手で前を隠した。
 かまわずに竹部を湯船に入れた。
「さ、出て」
 竹部を湯船から出すと、スポンジにボディ
シャンプーを付け、体を洗ってあげた。
 竹部の下半身を見ると、びんびんに反応し
ていた。
 天を突く、いち物も丁寧に洗ってあげた。
 竹部は猿轡の口から、声にならない、くぐ
もった声を出していた。
 竹部のいち物をしごくように洗っていると、
あたしも、だんだん、変な気持ちになって来
た。
 ブラをはづして、胸にシャンプーを塗りつ
け、竹部の背中をぬるぬると洗った。
 とても、気持ち良かった。
 しばらく、竹部の背中をお乳で往復してい
たけど、飽きたので終わりにした。
「はい。おしまい」そう言うと、シャンプー
をお湯で、ザーッと洗い流し、竹部を再び湯
船に入れた。

たっくんの完全なる飼育(4)

 睡眠薬が良く効くように、ワインも用意し
た。

「はーい。お待たせー」
 料理をテーブルへ運んで、竹部を呼んだ。
「うわー。こんなに……。おいしそうだ」
 竹部はテーブルの椅子に座ると、運ばれて
来た、料理を見て、嬉しそうに言った。
「こんなに、およばれして、本当にいいんで
すか?」
「いいの。いいの。さ、冷めない内に、その
シチューも食べて」
 睡眠薬入りのシチューを竹部に勧めた。
 竹部は、シチューをスプーンですくって、
口へ運んだ。
 あたしは、竹部がシチューを飲むのを固唾
を飲んで、見守った。
「おいしくないでしょ?あたし、料理、下手
だから」
「そんなことないよ。おいしいよ」
「嬉しい。ささ、ワインもどうぞ」
 ワイングラスにワインを注いで、竹部に渡
した。
 竹部はワインを受け取った。
「良いんですか?お酒まで。ようこさんは飲
まないんですか?」
「あたしはいいの。あたしが飲んじゃったら、
君を家に帰せないでしょ」
 竹部は感激したように言った。
「ええ?帰りも車で、家まで送って貰えるん
ですか?」
 あたしは笑いながら「ええ。そうよ」と言
った。
 心の中では『あなたは、もう自分の家に帰
る事は無いのよ。永久にね……』と言いなが
ら。
「さ、もっと飲んで」
 ワインを2杯、3杯と、竹部に勧めた。
 竹部の目がとろーんとしてきた。
「ふぁー。僕、酔ったのかな?なんだか、急
に眠くなってきちゃった」
「あらあら、困ったわね。こんな所で寝たら、
風邪引くわよ。
ちょっと、こっちのソファーで休んだら?」
 あたしが、そう言うと、竹部はソファーへ
行き、そのまま、寝入ってしまった。
 睡眠薬が効いたようだ。
 竹部の腕を取って、用意しておいた手錠を
かけた。そして、両足を麻縄で縛った。
 手錠と足縄をかけられて、寝ている竹部に
毛布をかけてあげた。
 すやすやと寝ている竹部をしみじみと覗い
た。
 これで、あたしのペットが、漸く手に入
ったと思った。
 成功裡に事を運んだ疲れが、どっと出たの
か、あたしも急に眠くなった。
 テーブルの上の片付けはしないで、そのま
まベッドへ行って眠った。

 翌朝、目が覚めて、ソファーを視ると、竹
部はまだ寝ていた。
『今日から、ご飯も二人分、作らなくちゃ』
と思いながら、昨日のままの状態のテーブル
を片付け、朝食の用意をした。
 朝食の支度も済んだので、竹部を起こしに
かかった。
「ねー。起きて。朝よ。起きて」
 竹部はなかなか、起きない。
 ぺちぺちと、頬を叩いてみた。
「うーーん」
 やっと、起きたようだ。
「あれ?どうしたんだ?」
 竹部は目が覚めたが、自分が置かれている
状況をよく理解していないようだ。
「あれ?何で手錠なんか?あれ?足が動かな
いぞ?」
「ふふふ。おはよう」
 あたしは、含み笑いをして、竹部を覗き込
んだ。
「あっ。ようこさん、ちょっと。これ何です?
悪い冗談は止めてくださいよ」
 竹部は苦笑いをして言った。
「あら?冗談なんかじゃ、無くってよ」
 あたしは、笑いながら言った。
「あなたは今日から、あたしのペットよ」
 竹部の表情から、笑いが消えた。
「悪い冗談も程ほどにしろよ!早くこの足の
縄と手錠をはずせ!」と、大きな声で怒鳴っ
た。
「あなた、状況がわかって無いようね。そん
な大きな声を出して……。悪い子にはこうし
くちゃね」
 竹部の口をこじ開け、ハンカチをねじ込ん
で、タオルで猿轡をしてあげた。
 これで、静かになったが、これでは、朝食
が食べられないなと思った。
 通販で買った、スタンガンを用意して、竹
部の顔に近づけ、顔の前でバチバチとやって
見せた。
「これ、何だか、解る?スタンガンよ。言う
ことを効かない、悪い子はお仕置きをします」
そう言うと、威力を弱めて、腕にバチバチと
やった。
「ふーーーっ!」
 竹部は驚きと苦痛の形相で喚いたが、猿轡
のおかげで、大きな声は出なかった。
「わかった?おとなしくしてれば、猿轡と足
の縄を解いてあげるわ」
 竹部はがくがくと頭を縦に振って、頷いた。
 

たっくんの完全なる飼育(3)

 今日は、これから用事が在るからと、一旦
別れた。

 翌日、あたしは薬局へ行って、睡眠薬を買
った。
 家に帰って、買ってきた睡眠薬の錠剤を全
て、ミキサーの中へ入れて、ガーッと回し、
粉状にした。
 粉にした睡眠薬を元の錠剤の入っていた小
瓶へ戻し、バッグへしまった。
 前に付き合っていた彼とラブホテルへ行っ
た時に、冗談で買った、おもちゃの手錠を押
入れの奥から引っぱりだした。
 引越しの時に使った、麻縄も用意した。
 準備は整った。
 あたしは、ケータイで竹部に電話した。
 トゥルルル。
「はい。竹部です」「あ。たっくん?あたし
、
ようこ。今、どうしてるの?」「え?家にい
ますよ。ようこさんは?」「あたしも、今、
自宅なんだけど、これから、会えない?」
「あ、良いですよ。何処で会いますか?」
「じゃー、この間の喫茶店はどう?」「いい
ですよ。分かりました。じゃー、30分後に
」
「うん。わかったわ。じゃーね」
 あたしは、電話を切ると、車で、喫茶店へ
向かった。

 喫茶店に着くと、先に竹部は来ていた。
「お待たせー」
 あたしは席に就くと、大学では何をやって
いるのかとか、彼女のことや、友達のことを
聞いた。
 しばらく、話していたが、竹部を自宅へ誘
う必要があった。頃合を見計らって言った。
「ねぇ、たっくん。あたしん家へ来ない?お
いしい、手作りのお夕飯、ご馳走してあげる
わよ」
 竹部は満面の笑顔で、「ええー?良いんで
すか?」と、言った。
 あたしは席を立った。
「うん、決まりね。じゃー、行こうか?」
 
 喫茶店を出て、竹部を車の助手席に乗せ、
自宅へ向かった。
 まだ、昼の三時頃だというのに、外は鈍よ
りと曇っていて、既に夕方のように薄暗かっ
た。
 これから竹部に起こる不幸な出来事を、暗
示しているような天気だった。

 車は家に着いた。竹部を降ろし、玄関の扉
の鍵を開けて、中に入った。
「ささ、入って」
 竹部を家の名へ招き入れた。
 竹部は部屋に入り、きょろきょろと周りを
見ていた。
「へー、ようこさんの部屋って、以外とシン
プルですね」
 あたしの部屋は世間一般の女の子の部屋と
比べると凄くシンプルかもしれない。
 部屋の中の家具も少ないし、お花とか、ぬ
いぐるみとかの生活に関係しない物は、一切
置いていない。
「女の子の部屋じゃ無いみたいでしょ?あま
りに、そっけない部屋で……」
 竹部はぶるんぶるんと、首を横に振りなが
ら、「いいえ。そんなこと無いですよ」と、
言った。
 あたしは性格が捻くれているので、きっと
、
お世辞だと思った。
「何も無いけど、これでも食べて、テレビで
も見ていて」
 竹部にポップコーンを渡すと、台所に立っ
て夕食の支度をした。
 
 クリームシチューを作った。テレビを見て
いる竹部に気づかれないように、用意してい
た睡眠薬の小瓶をバッグから、こっそりと取
り出した。
 クリームシチューを皿に盛り、少量の睡眠
薬を混ぜた。
 睡眠薬が良く効くように、ワインも用意し
た。

たっくんの完全なる飼育(2)

 そう言うと、男の子は、また、視線を川に
戻した。
 あっさり、無視されたので、あたしは少し
カチンときて、この子を虐めたくなった。
「あのさー、君。昨日も一昨日も、ここに来
て、川を見てるでしょう?何が楽しい訳?」
 男の子は煩わしそうに、こちらを見た。
「別にいいだろう。人が何しようと。何だよ
君は」
 男の子は少し、怒ったように言った。
 そんな男の子を見て、あたしはさらに、虐
めたくなった。
「あのねー。あんたが、今にも川に飛び込み
そうに見えたから、心配して声を掛けてあげ
たんじゃない。人の親切もわからないようじ
ゃ、ダメね」と、思ってもいないことを口に
した。
 男の子は、はっとしたような顔になった。 
頭を掻きながら、照れたように言った。
「ごめん。人の親切も分からない……。僕っ
て本当にダメな奴だ」
 あら?以外と素直ね。ここで、自己紹介で
もしておこうかしら。
「そんな……。あたし、ようこ。君は?」
「僕は、竹部 朗愚。三宮大学の二年生です」
「そう。君、何か訳がありそうね。ここで会
ったのも何かの縁ね。良かったら、お姉さん
が相談に乗ってあげようか?」
 竹部は、「はぁ」と小さく頷いた。
「そうねぇ。すぐそこに喫茶店があるから、
そこで話さない?」
 あたしは、竹部を連れて、近くの喫茶店に
入った。
 喫茶店の中は薄暗く、他に客はいないよう
だった。
 あたしは竹部に椅子を勧め、テーブルに向
かい合って座った。
「君さぁ。本当に、今にも身を投げ出しそう
に見えたよ。お姉さんに話してみなさい。気
が楽になるかもよ?」あたしは、出来るだけ
明るく言った。
 竹部はぼそぼそと話し出した。
「最近、彼女と巧くいってなくて。ついこの
間も些細な事で喧嘩をして、それから、ずっ
と、彼女が口をきいてくれなくて。僕は彼女
の事が、分からなくなってきたんだ」
 なんだ、恋愛の悩みかと思ったが、一応、
聞いてあげることにした。
「それで、君は彼女の事をどう思っているの?」
「僕は、彼女の事が好きです。こんな事で終
わりにしたくありません。どうしたら、良い
のか、分からなくなって。それで……」
 よし、巧いことのってきた。
「ははーん。そういう事か。よし、わかった
わ。お姉さんが、君の為に一肌脱いであげよ
うか。後で電話するから、君の携帯教えて」
 竹部の携帯の電話番号とメアドを教わって、
今日は、これから用事が在るからと、一旦別
れた。

たっくんの完全なる飼育(1)


 『たっくんの完全なる飼育』

         ようこ

 この物語はわたくしの懺悔の記録です。
 ここに登場する、たっくんの人生の半分を
奪ってしまったのですから……。

    ……

 この物語に登場する人物及び団体は架空の
ものです。実在の人物および団体とは一切関
係ありません。

   登場人物

 たっくん ━━ 飄々とした、何処にでも
いそうな、これといった特徴の無い、普通の
青年。

 別区 檻 ━━ 檻商店の八百屋のおやじ。
 別区 栗 ━━ 八百屋のおかみ。

 苦俺 釜美 ━━ 近所のおばさん。

 来流 信 ━━ たっくんの友達。

 序衿 理恵 ━━ たっくんの彼女。

 ようこ ━━ たっくんの人生を奪った女。

  第一章 標的

 繰り返される、つまらない日常。
 朝、起きて、仕事をして、家に帰り、ご飯
を食べ、お風呂に入り、寝る。
 家と仕事場の往復の毎日。
 あたしは、こんな生活に飽きあきしていた。
 こう言うと、男にもてない、ドブスの女に
思うかも知れない。
 自分で言うのも何だけど、街で何度か軟派
されたこともある。
 これでも、一年前は付き合っていた彼氏が
いた。
 その男とは結局、別れちゃったけど。
 理由?聞きたい?
 理由は簡単、その男がひどいマザコンだっ
たから。
 お互いに付き合い始めて一年位の時に結婚
しようとなったんだけど、彼のお母さんの反
対にあって、「君とは結婚できない」だって。
 そんな男は、こっちの方が願い下げだ。さ
っさと別れた。
 傷心のあたしは、男には何の期待も持てな
くなっていた。
 世間の男を見ても、何の感慨も無かった。
 そんな、ある日、橋の欄干にもたれ掛かっ
て、ぼーっと川を見ている青年が眼にとまっ
た。
 すれ違いさまにその男の子をちらっと見た
けど、これといった特徴は無く、何処にでも
いる、普通の男の子といった感じかな。
 歳の頃は二十歳になるか、成らないかって
いう処かしら?
 あくる日も同じ時間に、その男の子は居た
。やはり、ぼーっと川を見ている。
 そのとき、あたしは、何故か知らないけど、
無性にこの子を飼ってみたいという衝動に駆
られた。
 丁度、子猫を飼うように、この男の子を飼
ってみたいという思いが、あたしの胸の中に
沸き起こった。
 あたしは、物陰に隠れて、男の子を見てい
た。
 しばらくすると、男の子は欄干を離れて歩
き出したから、あたしは気づかれないように
後を付けた。
 男の子はその橋から程近い、アパートに住
んでいた。
 アパートに入る男の子を見届けて、あくる
日も同じ時間に橋の所に行ってみると、やは
り、居た。
 思いきって、声を掛けてみた。
「君、ここで何をしてるの?」
 若い女の子に不意に声を掛けられて、びっ
くりしているようだった。
「え?僕ですか?別に」
 以外とそっけない返事が返ってきた。
 そう言うと、男の子は、また、視線を川に
戻した。

 

極道女医『釜美』(17)最終回

 くまを助けた釜美達一行は、今度は逆に礼
子を誘拐して、暴阿組事務所に引揚げた。

 事務所に着くと、釜美は玲子を組事務所の
地下倉庫に連れて行った。
「手を後ろに廻しなさい」と礼子に云うと、
後ろ手に廻した手首に手錠を架けた。
「ちくしょう!あたしをどうしようってのよ!」
 釜美に手錠を架けられて礼子は毒づいた。
 釜美は礼子を冷ややかな目で見て云った。
「少しの間、ここで大人しくしていて頂戴。
あなたは、鯛弐組の組長、鯛弐礼二を誘き寄
せる大事な人質なんだから」
 そう云うと、釜美は礼子を倉庫に残して出
て行った。

 礼子が暴阿組に捕まったという知らせを聞
いた鯛弐礼二は歯軋りをして悔しがった。
「くそー。釜美の奴め、礼子を連れ去りやが
って!こうなったら、全面戦争だ!」
 鯛弐礼二は激怒した。組の幹部連中を緊急
招集した。

 一方、鯛弐組と暴阿組に不穏な動きがある
ことを察知した警察は鯛弐組と暴阿組に同時
にガサ入れを行った。
 警察は即座に、銃刀法所持違反容疑で鯛弐
礼二と苦俺釜美を逮捕した。

 間もなく、釈放された釜美はここらが良い
潮時だと思い、組を解散した。
「じーちゃん。恨みは晴らせなかったけど、
良いよね。あたしはもう、疲れたよ。あたし
の代で暴阿組を解散してごめんよ」
 一連の騒動で、勤めていた大学病院も頸に
成った。
 間もなく、釜美は栗を連れて、地方の小さ
な開業医として、町医者を細々と始めた。

                終わり

極道女医『釜美』(16)

 医師とやくざの親分の二束のワラジを履い
た釜美は多忙を極める日々を送っていた。
 病院の仕事が終わると、組の事務所の方へ
顔を出した。
 いつもの様に、組事務所の方へ出向くと、
何やら、事務所内は騒々しかった。
「どうしたの?何かあったの?」
 近くの者に問いただした。
「親分、鯛弐組の奴らが、うちのシマを次々
と荒らし始めたようなんでさぁ。先程も三宮
金融の舎弟から、連絡があって、鯛弐組の礼
子が来て、事務所をさんざん荒らして暴れ廻
った末、店長の《くま》を連れ去って行った
と」
 三宮金融は暴阿組が経営しているサラリー
金融だ。所謂、闇金業者だ。
 そこの店長の《くま》は暴阿組の幹部だ。

 先代の暴阿観留が亡くなってから勢いづい
た鯛弐組はここで一気に暴阿組を潰してしま
おうと考えているのか、最近は街のあちこち
で鯛弐組と暴阿組の組員のいざこざが起きて
いた。
 組員から状況を聞いた釜美は、くまを奪還
すべく、屈強の男達三~四人を選んで、鯛弐
玲子がママをしているバーに出向いた。
 
 釜美は男達を従え、バー『れいこ』がある
、
雑居ビルの前に立っていた。
「さ、行くわよ」と云って、男達と共にエレ
ベータに乗り込み、バー『れいこ』がある5
Fのボタンを押した。 
 バー『れいこ』の扉の前に立ち、中へ入っ
た。
 バーの店員の男が、「いらっしゃいませ」
と声を掛けてきた。
 身なりはタキシードを着て、こざっぱりと
しているが、その目を見て、この男は用心棒
だと一見して解かった。
 やくざ者独特の目をしていた。
「ママはいる?」と聞くと、男は、「申し訳
ございません。お客様はママのお知り合いの
方ですか?お見受けした所、初めてのお客様
のようですが?」と、慇懃無礼な態度で探り
を入れて来た。
「釜美が来たと言って頂戴」と単刀直入に言
った。
 その一言を聞いて、男の表情は一変した。
「少々、お待ちください」と言って、慌てて
、
店の奥の方へ消えた。
 間もなく、礼子がバーの店員の男を従えて
やって来た。
「あらぁ?今日は釜美様、直々にお越しです
か?どうなさったんですか?」と云うや、礼
子はおほほと笑った。
「何を惚けて。くまを返して貰うわよ」「あ
ら?ここは動物園じゃ無いので、くまさんは
いませんよ」と笑った。
 釜美は礼子の頬をパンッと平手で殴った。
「惚けてんじゃ無いわよ!このあたしを怒ら
せるとどうなるか想い報せてあげるわ!」と
いうや、後ろに控えている男達に店の奥を探
せと合図した。
 釜美達が店の奥へ雪崩れ込むと、店内は悲
鳴と怒号の渦が巻いた。
 礼子の用心棒の男達が五~六人程、駆けつ
けて来た。
 男達はサバイバルナイフをかざして、釜美
に襲い掛かって来た。
 釜美が連れて来た男達も応戦している。
 二人掛りで釜美に襲い掛かってきた男を、
ひらりとかわし、得意の合気道で一人の男の
二の腕をひょいと掴み、投げ飛ばしてしまっ
た。
 残る一人もあっけなく、投げ飛ばされた。
 男達が格闘している間に、礼子を見つけて
捕まえた。礼子の腕を捻り、ドスの効いた低
い声で云った。
「さ、礼子。観念しなさい。くまは何処?」
 礼子は悲鳴を上げて、くまの居場所を吐い
た。
「痛い!痛い!言うわ!言うから放して」
「最初から、素直に言えば痛い目に会わない
のに」
 礼子にくまの居場所まで、案内させた。
 くまは店の奥まった一室で、一人、椅子に
縛られていた。
「親分!」
 釜美を見て、くまは叫んだ。
「助けに来たわよ」

 くまを助けた釜美達一行は、今度は逆に礼
子を誘拐して、暴阿組事務所に引揚げた。

極道女医『釜美』(15)

 近畿一円の親分衆が集まる中、釜美の襲名
式が司会の進行で行われていた。
「本日は親分さん方、遠い所をお越し頂きあ
りがとうございます。
 ただ今から、我が暴阿組四代目苦俺釜美の
襲名式を執り行いたいと存じます」
 襲名式が始まろうとしていた矢先に、玄関
の方が騒がしくなった。
「組長、鯛弐組がやって来ました!」と血相
を変えた組員が式場内に駆け込んで来た。
「え?鯛弐組が……」釜美は驚いて、次の言
葉が出なかった。
 まさか、鯛弐組が襲名式にやってくるとは
思ってもみなかった。
 そこへ、鯛弐組の鯛弐礼子が10人程の子
分を従えて、どやどやと式場に入って来た。
 式場に入った鯛弐礼子は一旦、入り口の処
で立ち止まると、周りをぐるっとみ回し、子
分を従えて、再び釜美の処へやって来た。
「あー、釜美じゃない。久しぶりね。何年ぶ
りかしら?
 あの時は高校生の時だから、かれこれ、8
年位経つかしら?
 釜美の顔を拝みたくてやって来たのよ」
 忘れろと言われても、忘れもしない鯛弐礼
子。高校生の時、危うく、礼子の罠にはまり、
誘拐される処だった。
 釜美の脳裏にあの日の出来事が鮮明に蘇っ
た。
 釜美は怒りで、わなわなと震えた。
「何しに来たの?あんたなんか呼んでないわ
よ!
 敵地にのこのこ、やって来るとは良い度胸
ね」と云うと、礼子は薄ら笑いを浮かべなが
ら、釜美を小ばかにする態度で右手と首を左
右に振った。
「今日は釜美が組長に就任するおめでたい日
だから、顔を見たくてやって来たのよ。この
まますぐ帰るわよ。安心しなさい。ほほほ」
 そう言い終わると、一転厳しい顔になり、
子分達に「引き上げるわよ!」と云って、そ
の場を去って行った。
 鯛弐礼子は探りを入れる為に来たに違いな
かった。
 就任早々、釜美は、祖父の仇の鯛弐組との
決戦も、いよいよ近くなって来ていることを
予感した。
    
    ・・・

 襲名式も無事終わり、翌日、釜美はいつも
のように病院に出勤した。
 襲名式がテレビでも放映されたことにより、
釜美は一躍、有名人になっていた。
 同僚や患者が廊下ですれ違う時、釜美を見
ると、よそよそしく避けて通った。
 中学生の時の仲間はずれにされた体験が蘇
えった。また、仲間はずれかと、少し寂しい
思いをした。
 医務室に入ると、隣の同僚から、「院長先
生がお呼びです」と言われ、院長室へ向った。
 院長室のドアをノックすると、「入り給え」
という院長の声がした。
 部屋に入ると、苦虫を噛み潰したような顔
で椅子に座っている別区檻が居た。
 釜美にソファーに座るように勧めると、自
分も座って、開口一番、こう言った。
「君ねぇ。困るんだよ、こういう事は。医者
もお客様商売だから、こう言った事が世間に
知れると、マイナスイメージが付いて、客足
も遠のいてしまう。君には悪いんだけど、辞
めて頂きますよ……。と、言いたい所なんだ
が、うちもご多分に漏れず、医師不足でね。
正直、君に辞められると困るんだ。実際、何
か起こった訳でも無いし、今回は不問にしま
す」
 院長の話を聞いて、一安心した釜美は「あ
りがとうございます」と言って、立ち上がる
と、院長は更に付け加えた。
「だがね、今後、何か事件を起こすような事
があったら、即刻辞めて貰うからね。いいで
すね」
「承知致しました」と云って、院長室を出た
釜美は、この病院も長くは無い、何れ辞める
事になるだろうと、遣る瀬無い気持ちになった。

極道女医『釜美』(14)

 故・暴阿観留の葬儀も終わり、初七日も過
ぎた、大安吉日に釜美の襲名式が盛大に行わ
れた。
 黒塗りの高級車が暴阿組の広い敷地に続々
と集まって来ている。
 この日は近畿一円の親分衆が続々とお祝い
に駆けつけていた。
 地元の放送局の記者も来て、カメラの前に
立ってマイクを持ち、話していた。
「えー。私は今、指定暴力団、暴阿組の敷地
の前にいます。
 ここには、今朝から、続々と黒塗りの高級
車が集まって来ています。
 普段は平穏な街ですが、今日は警察のパト
カーも数台集まり、周りはものものしい雰囲
気に包まれています。
 まだ、記憶に生々しい、あの暴阿組組長射
殺事件から、数日が過ぎました。一旦、落ち
着いたかに見えた街並みですが、その静けさ
も何処へやら、今日は一転してこの喧騒に包
まれております。
 今から、新組長の襲名式がここ、三宮の暴
阿組の敷地内で行われようとしております。
 この敷地の喧騒とは対照的に近隣の住民は
外出を控えているようです。
 ここで、視聴者の皆様に暴阿組とはいった
い如何なる組織なのかを解説したいと思いま
す。
 先日、暴阿組の組長暴阿観留が、敵対する
鯛弐組の組員の襲撃により、射殺されました。
住宅が密集する路上で白昼堂々と拳銃が発射
されました。
 射殺された組長暴阿観留は三代目です。
 初代は戦後の神戸の港湾荷役の仕事で財を
成し、暴阿組が出来たとされています。
 最盛期の暴阿組の構成員は1万とも1万5
千とも言われています。
 しかし、現在は警察の取り締まりの強化に
依り、減少の一途をたどり、その数は二千人
程だと言われております。
 今日は射殺された観留組長の孫娘の苦俺釜
美と言う人物が四代目を名乗る、襲名式がこ
こ三宮の暴阿組敷地内で行われようとしてい
ます。
 この苦俺釜美と言う人物は一風変わった経
歴の持ち主で、三宮医科大学付属病院の医師
をしているという事です。
 医者が暴力団の親分になるとは、なんとも
変わった世の中になったものです。
 三宮放送局の《カオル》がお送り致しまし
た。では、スタジオの《のぶ》さん、よろし
くお願い致します。

極道女医『釜美』(13)

  第三章 極道一家崩壊の危機

 救急病院の医師として働く釜美は日々の激
務の中で少々、疲れていた。
「ただいまー」
 自宅のマンションに帰宅すると、栗が出迎
えてくれた。
「お帰りなさい」
 栗の笑顔を見ると、少々の疲れも吹き飛ん
でしまうような気がした。
 釜美は独身だったが、栗の怪我が完治する
と、栗を養子として、引き取った。
 栗は釜美にクマの縫いぐるみを見せながら
云った。
「ねえ、ねえ、これ見て。今日ね、三宮のお
じいちゃんが来てね、これを栗にくれたの」
「あらぁ。おじーちゃん来たの?良かったわ
ねー」
 《三宮のおじーちゃん》とは、釜美の祖父
で暴阿組の組長の暴阿観留だ。
 最近の暴阿組は風営法の改正、警察のマル
暴対策の強化などにより、一昔前の全盛期か
ら比べると大分衰退し、組員も減少の一途を
たどっていた。
 暇を持て余した観留は時々、釜美の所へや
って来た。
 釜美は食事の支度をしながら栗に「今度の
日曜日に、おじーちゃんの所へ行きましょう
ね」というと、「うん!」と元気の良い返事
が帰ってきた。

 翌日、いつもの時間に出勤した釜美の元へ
母の《はじめ》から電話がかかって来た。
「釜美?大変よ。おじーちゃんが撃たれて、
危篤状態なのよ」
「え?おじーちゃんが……」
「そうなの。今朝、犬を連れて散歩をしてい
る処を撃たれたらしいの。相手は鯛弐組の鉄
砲玉らしいの」
「わかったわ。今すぐ行くわ。で、どこの病院
なの?」
「三宮国立病院よ」
「わかったわ」
 釜美は電話を切ると、急いで、三宮国立病
院へ向った。

 三宮国立病院へ着いた、釜美は受付で聞い
た観留の病室へ向った。
「おじーちゃん!」
 釜美が病室へ駆けつけると、釜美の両親と
組の者が何人かいた。
 観留は人工呼吸器を装着していた。
「おじーちゃん!大丈夫?」
 釜美が声をかけると、観留は僅かに頷いた。
 観留は不自由な手でしきりに、人工呼吸器
のマスクをはずそうとしていた。
「おじーちゃん、それをはづしちゃダメよ」
 釜美が言うと、いっそう、はずせという仕
草をした。
「じゃー、ちょっとだけね」
 看護士を呼んで、少しの間、はづして貰う
事にした。
 呼吸器をはずすと、観留はしゃがれた声で
云った。
「釜美、俺ぁ、もうだめだ。釜美。おじーち
ゃんの最後の頼みを聞いてくれ」
「最後だなんて言わないで。おじーちゃん!」
「組を……組を継いでくれ。釜美」
「おじーちゃん。何?聞こえないよ」
「組を頼む……」
「え?私が?」
 それだけを言うと観留は意識を失ったよう
に目を閉じてしまった。
 看護士が慌てて、呼吸器を装着し、医師を
呼んだ。
 医師が来て、観留に処置をしたが、観留の
心臓の鼓動は停止した。
 医師は周りの家族に、「10時34分、お
亡くなりになりました」と死亡宣告をした。
 あまりに突然の事で釜美は動揺した。
 祖父が死んだ今となっては、最後の言葉が
遺言となってしまった。
 釜美は遺体にむかって泣きながら云った。
「おじーちゃん、私に組を継いで貰いたいの?
おじーちゃんの仇はこの私が討ってあげるか
ら……」
「お父さん!」と釜美の母が遺体に
すがって泣いた。
「おやっさん!」と組の者が悔しそうに歯を
食い縛り、俯いた。
 やがて、遺体から顔を上げた釜美の全身か
らは怒りのオーラが発散していた。
 釜美は集まっている組の者に言った。
「今日から、私が暴阿組を執り指揮ります。
たった今、四代目暴阿組組長はこの私、苦俺
釜美が襲名します」
 その一言で組の者は一斉に、釜美に向って
深々と、お辞儀をした。