2009年9月9日水曜日

極道女医『釜美』(12)

 釜美は医務室のパソコンに向って少女のカ
ルテを見ていた。
 少女の容態はだいぶ回復してきた。
 だが、少女の精神面の方は容態の回復と反
比例するように、日に日に悪くなっていった。
 今まで、個室においておいたが、容態も良
くなり、車椅子で移動できるようになったの
で、4~5人の一般病室へ移すことにした。
 釜美は少女のいる個室へ向った。

 釜美は部屋の扉をノックし、少女の部屋に
入った。
「こんにちは、栗ちゃん。診察しますからね
ぇ」
 釜美が少女の診察をすると、少女は釜美に
云った。
「先生、あたしの足、動くようになるんです
か?」
「大丈夫よ。もう少ししたら、松葉杖で立てる
ようになるから、そうしたら、リハビリをしま
しょうね」
「あたし、立てなくてもいい。早く天国のお父
さんとお母さんに会いたい」
 少女はすっかり、生きる希望を亡くしてい
るようだ。
 子供は死というものを怖がり、生命力が旺
盛のはずだが、今、目の前にいる子は、生き
る気力を亡くし、その瞳はまるでうつ病患者
のように生命力を感じられなかった。
「何を言っているの?そんな事を言ったら、
天国のお父さんとお母さんが悲しむわよ。
 栗ちゃんが早く良くなりますようにって、
天国のお父さんとお母さんは見守っているは
ずよ。
 だから、早く良くなって、お父さんとお母
さんを安心させなくちゃ」
「そんな事言ったって、先生。お父さんとお母
さん、あたしには見えないよ。お父さんとお母
さんの声、聞こえないよ!
 だから、あたしが死んで、お父さんとお母
さんに会いに行くの!」
 釜美は少女の訴えに絶句した。
 少女の生きる希望を亡くした心に、なんと
か希望の光を与えてやりたかった。
「だめよ!死ぬなんて。人には神様から与え
られた寿命があるの。その寿命をまっとうし
ないで、人が勝手に自分の命を絶つ事は許さ
れないの。神様の罰が当たって、そういう人
は決して、天国には行けません。
 だから、天国のお父さんとお母さんには会
えなくなってしまうのよ。死ぬなんて、絶対
考えちゃだめ。
 それにね。世の中には生きたくても、生き
られない子が沢山いるの。この病院でも栗ち
ゃんの年頃の子が病気で亡くなっているの。 
その子達は生きたいと思っても生きられず、
短い人生を閉じなければ成らないの。
 栗ちゃんは、あの大事故のなかで助かった
んだもん。それにはきっと、訳があると思う
の。だから、助かった命を大切にしないと。
ね?判った?」
 少女はこくっと首を縦に振った。顔を上げ
た少女の頬に一筋の涙が伝わった。
 釜美は少女の頭を撫でながら、少し、きつ
く言い過ぎたかもしれないと思った。
「だから、栗ちゃんがいい子にしていて、早
く良くなれば、きっと、お父さんとお母さん
も喜ぶわ。先生も、栗ちゃんが早く良くなっ
て、栗ちゃんの笑顔が見たいな」
 少女は「ごめんなさい」と言いながら、釜
美の懐で泣いた。

 一般病室に移された少女は順調に回復し、
今では松葉杖で歩けるようになって居た。
 この頃には、釜美と話す少女の顔にも時折、
笑顔が現れるようになっていた。


 一般病室では、少女と同じ年頃の《ゆみ》
という子がいた。
 ゆみは小児ガンに侵されていて、白血病を
発症していた。
 ゆみの明るい性格に、栗は入室したその日
から、すぐに友達になった。
 ゆみと話す、栗の表情にも笑顔が戻ってき
た。
 ゆみは栗に、「病気が治ったら、釜美先生
のようなお医者さんになるんだ」と、よく言
っていた。
 ゆみと栗はいつも、行動を一緒にした。
 しかし、一緒に居られる日は、長くは続か
なかった。
 ゆみちゃんの容態は日に日に悪化し、特別
室へ移されることになった。
 特別室に移る日に、ゆみちゃんはベッドの中
で栗に云った。
「私、もっと、生きたい。元気になって、栗
ちゃんともっと遊びたい。将来はお医者さん
になって、病気の人を助けてあげたい。
 もっと、生きたいよ……。もし、私が死んだら、
栗ちゃん、私の分も生きて。私は栗ちゃんの
傍に、何時もいるからね」
 栗はベッドから伸びる、ゆみちゃんの手を
握って言った。
「ゆみちゃん。大丈夫だよ。きっと、元気に
なるよ。元気になって、また一緒に遊ぼ」
「うん」とゆみちゃんは力無く頷いた。
 ゆみちゃんはベッドごと、特別室へ移動さ
れた。
 
 それから、数日後にゆみちゃんは亡くなった。
 看護士さんから、ゆみちゃんが亡くなった
事を聞かされた栗は悲しみに暮れた。
 この時、栗はあらためて、釜美先生の言っ
ていた、「生きたくても、生きられない人が
いるのよ」という言葉を思い出した。
 ゆみちゃんの為にも、あたしは強く生きる
んだと、幼いながらも、栗はこの時、堅く心
に誓った。

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