2009年9月9日水曜日

極道女医『釜美』(15)

 近畿一円の親分衆が集まる中、釜美の襲名
式が司会の進行で行われていた。
「本日は親分さん方、遠い所をお越し頂きあ
りがとうございます。
 ただ今から、我が暴阿組四代目苦俺釜美の
襲名式を執り行いたいと存じます」
 襲名式が始まろうとしていた矢先に、玄関
の方が騒がしくなった。
「組長、鯛弐組がやって来ました!」と血相
を変えた組員が式場内に駆け込んで来た。
「え?鯛弐組が……」釜美は驚いて、次の言
葉が出なかった。
 まさか、鯛弐組が襲名式にやってくるとは
思ってもみなかった。
 そこへ、鯛弐組の鯛弐礼子が10人程の子
分を従えて、どやどやと式場に入って来た。
 式場に入った鯛弐礼子は一旦、入り口の処
で立ち止まると、周りをぐるっとみ回し、子
分を従えて、再び釜美の処へやって来た。
「あー、釜美じゃない。久しぶりね。何年ぶ
りかしら?
 あの時は高校生の時だから、かれこれ、8
年位経つかしら?
 釜美の顔を拝みたくてやって来たのよ」
 忘れろと言われても、忘れもしない鯛弐礼
子。高校生の時、危うく、礼子の罠にはまり、
誘拐される処だった。
 釜美の脳裏にあの日の出来事が鮮明に蘇っ
た。
 釜美は怒りで、わなわなと震えた。
「何しに来たの?あんたなんか呼んでないわ
よ!
 敵地にのこのこ、やって来るとは良い度胸
ね」と云うと、礼子は薄ら笑いを浮かべなが
ら、釜美を小ばかにする態度で右手と首を左
右に振った。
「今日は釜美が組長に就任するおめでたい日
だから、顔を見たくてやって来たのよ。この
まますぐ帰るわよ。安心しなさい。ほほほ」
 そう言い終わると、一転厳しい顔になり、
子分達に「引き上げるわよ!」と云って、そ
の場を去って行った。
 鯛弐礼子は探りを入れる為に来たに違いな
かった。
 就任早々、釜美は、祖父の仇の鯛弐組との
決戦も、いよいよ近くなって来ていることを
予感した。
    
    ・・・

 襲名式も無事終わり、翌日、釜美はいつも
のように病院に出勤した。
 襲名式がテレビでも放映されたことにより、
釜美は一躍、有名人になっていた。
 同僚や患者が廊下ですれ違う時、釜美を見
ると、よそよそしく避けて通った。
 中学生の時の仲間はずれにされた体験が蘇
えった。また、仲間はずれかと、少し寂しい
思いをした。
 医務室に入ると、隣の同僚から、「院長先
生がお呼びです」と言われ、院長室へ向った。
 院長室のドアをノックすると、「入り給え」
という院長の声がした。
 部屋に入ると、苦虫を噛み潰したような顔
で椅子に座っている別区檻が居た。
 釜美にソファーに座るように勧めると、自
分も座って、開口一番、こう言った。
「君ねぇ。困るんだよ、こういう事は。医者
もお客様商売だから、こう言った事が世間に
知れると、マイナスイメージが付いて、客足
も遠のいてしまう。君には悪いんだけど、辞
めて頂きますよ……。と、言いたい所なんだ
が、うちもご多分に漏れず、医師不足でね。
正直、君に辞められると困るんだ。実際、何
か起こった訳でも無いし、今回は不問にしま
す」
 院長の話を聞いて、一安心した釜美は「あ
りがとうございます」と言って、立ち上がる
と、院長は更に付け加えた。
「だがね、今後、何か事件を起こすような事
があったら、即刻辞めて貰うからね。いいで
すね」
「承知致しました」と云って、院長室を出た
釜美は、この病院も長くは無い、何れ辞める
事になるだろうと、遣る瀬無い気持ちになった。

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