2009年9月9日水曜日

極道女医『釜美』(13)

  第三章 極道一家崩壊の危機

 救急病院の医師として働く釜美は日々の激
務の中で少々、疲れていた。
「ただいまー」
 自宅のマンションに帰宅すると、栗が出迎
えてくれた。
「お帰りなさい」
 栗の笑顔を見ると、少々の疲れも吹き飛ん
でしまうような気がした。
 釜美は独身だったが、栗の怪我が完治する
と、栗を養子として、引き取った。
 栗は釜美にクマの縫いぐるみを見せながら
云った。
「ねえ、ねえ、これ見て。今日ね、三宮のお
じいちゃんが来てね、これを栗にくれたの」
「あらぁ。おじーちゃん来たの?良かったわ
ねー」
 《三宮のおじーちゃん》とは、釜美の祖父
で暴阿組の組長の暴阿観留だ。
 最近の暴阿組は風営法の改正、警察のマル
暴対策の強化などにより、一昔前の全盛期か
ら比べると大分衰退し、組員も減少の一途を
たどっていた。
 暇を持て余した観留は時々、釜美の所へや
って来た。
 釜美は食事の支度をしながら栗に「今度の
日曜日に、おじーちゃんの所へ行きましょう
ね」というと、「うん!」と元気の良い返事
が帰ってきた。

 翌日、いつもの時間に出勤した釜美の元へ
母の《はじめ》から電話がかかって来た。
「釜美?大変よ。おじーちゃんが撃たれて、
危篤状態なのよ」
「え?おじーちゃんが……」
「そうなの。今朝、犬を連れて散歩をしてい
る処を撃たれたらしいの。相手は鯛弐組の鉄
砲玉らしいの」
「わかったわ。今すぐ行くわ。で、どこの病院
なの?」
「三宮国立病院よ」
「わかったわ」
 釜美は電話を切ると、急いで、三宮国立病
院へ向った。

 三宮国立病院へ着いた、釜美は受付で聞い
た観留の病室へ向った。
「おじーちゃん!」
 釜美が病室へ駆けつけると、釜美の両親と
組の者が何人かいた。
 観留は人工呼吸器を装着していた。
「おじーちゃん!大丈夫?」
 釜美が声をかけると、観留は僅かに頷いた。
 観留は不自由な手でしきりに、人工呼吸器
のマスクをはずそうとしていた。
「おじーちゃん、それをはづしちゃダメよ」
 釜美が言うと、いっそう、はずせという仕
草をした。
「じゃー、ちょっとだけね」
 看護士を呼んで、少しの間、はづして貰う
事にした。
 呼吸器をはずすと、観留はしゃがれた声で
云った。
「釜美、俺ぁ、もうだめだ。釜美。おじーち
ゃんの最後の頼みを聞いてくれ」
「最後だなんて言わないで。おじーちゃん!」
「組を……組を継いでくれ。釜美」
「おじーちゃん。何?聞こえないよ」
「組を頼む……」
「え?私が?」
 それだけを言うと観留は意識を失ったよう
に目を閉じてしまった。
 看護士が慌てて、呼吸器を装着し、医師を
呼んだ。
 医師が来て、観留に処置をしたが、観留の
心臓の鼓動は停止した。
 医師は周りの家族に、「10時34分、お
亡くなりになりました」と死亡宣告をした。
 あまりに突然の事で釜美は動揺した。
 祖父が死んだ今となっては、最後の言葉が
遺言となってしまった。
 釜美は遺体にむかって泣きながら云った。
「おじーちゃん、私に組を継いで貰いたいの?
おじーちゃんの仇はこの私が討ってあげるか
ら……」
「お父さん!」と釜美の母が遺体に
すがって泣いた。
「おやっさん!」と組の者が悔しそうに歯を
食い縛り、俯いた。
 やがて、遺体から顔を上げた釜美の全身か
らは怒りのオーラが発散していた。
 釜美は集まっている組の者に言った。
「今日から、私が暴阿組を執り指揮ります。
たった今、四代目暴阿組組長はこの私、苦俺
釜美が襲名します」
 その一言で組の者は一斉に、釜美に向って
深々と、お辞儀をした。

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