2009年9月9日水曜日

たっくんの完全なる飼育(10)

 不思議な少女の話はまだ続いた。
「最初に物体には記憶があると言ったけど、
たまに、物体に人間の魂が宿ることもあるの。
たとえば、人形とか。日本人形の髪の毛が伸
びて来たとか、言う話を聞いた事あるかなぁ?
 これなんかは物体が魂を宿す典型的な例な
んだけど。
 人間の物に対する執着が強ければ強いほど、
その物体には人間の記憶が強烈に刷り込まれ
るの。そして、その強烈な記憶は物質を原子
レベルで変質させてしまうの」
 理恵は理容子の話を聞いていて、だんだん、
背筋が寒くなってきた。
 この子は本物だと思った。
 人に接触するだけで、相手の考えが読める
のなら試してみようと思った。
「理容子さん」
 理恵に呼ばれ、理容子は話を中断した。
「はい?」
「あの。人に触れるだけで、相手の考えが読
めるんですよね?」
「はい。ちょっと、相手に触れるだけで、相手
の想念がわたしに流れ込んできます。
 心の準備無しに不用意に相手に触ると、わ
たしの自我が危険に晒されます」
「自我が危険に?」
 自我の危険とは何だろう?理恵は不思議そ
うに聞いた。
「はい。触った相手の自我がわたしの自我を
凌駕した場合、あたしの自我は瞬間的に無く
なることもあります。簡単に言えば、わたし
が、接触した相手に成ってしまうのです」
「じゃー、接触した人はどうなるの?」
「どうにもなりません。普段と何も変わりません。
ただ、わたしの方は相手の自我のコピーを受
けとり、すりかわってしまいます。
 でも、それも、直ぐに元に戻りますが、す
りかわっている間のわたしの記憶はありませ
ん」
「へー。そーなんだ?じゃー、満員電車なん
か、乗れないんじゃない?」
「その点は大丈夫です。電車に乗るときは気
お張っていますから」と理容子は笑った。
「じゃぁさ。わたしに触って、わたしの考え
てる事を言って貰ってもいい?」
「はい。良いですよ」と言って、理容子は右手
で軽く、理恵の肩に触った。
「そうですねぇ。理恵さんは今、失踪した、
たっくんと言う人の事を考えています。そし
て、その人に関わっているかも知れない女の
人のことを考えています。あとは、今朝、朝
食を抜いたので、お腹が空いてきたなぁと思
っています」
 まさに、そのとおりだった。
「すごい……。そのとおりよ……」
 心の中を読み透かされた。理恵は理容子に
対し、得体の知れない不快感を感じた。
 その遣り取りを見ていた、信君は俺にもお
願いしますと言って、理容子に肩を触って貰
った。
「そうですね。信さんは、今……」
「今、何?」理恵はごくっと生唾を飲んで、
先を促した。
「トイレに行きたいと思っています」
 その答えを聞いて、ぷっと吹いてしまった。 
「なんだ、信君、早くトイレに行きなよ。あ
はは」
 信君は「かたじけない」と言って、恥ずか
しそうに、いそいそと、トイレに行った。
 次に、理恵はたっくんの写真を理容子に渡
した。
「その写真の子がたっくんなんですけど。何
か感じますか?」
 理容子は写真を手に取って眺めていたが、
不意に窓際のソファーに移動して、ソファー
を触り始めた。
「ここに、この写真の男の子が座って居たわ」
と理容子はソファーを摩りながら言った。
「え?本当ですか?それは、いつの事か解か
りますか?」
 理恵は急き込んで尋ねた。理容子は続けた。
「そうですねぇ。二~三週間前ぐらいかしら。
一緒に女の人が居るのが見えます。20代後
半ぐらいの女の人です」
 理恵は間違い無いと思った。たっくんはこ
こで、女の人と会っていた。
「マスターの言ってた人だわ。その女の人と
何処へ行ったか解かりますか?」
「うーーん。それはわからないわ。この、ソファー
の記憶から解かるのは此処までね」
 理容子の答えを聞いて、理恵はがっかりした。
 理容子はそんな理恵を見て、気の毒に思っ
たのか、「ちょっと、外へ出てみましょうか。
何か手掛かりになる物があるかも知れないわ」
と言った。

0 件のコメント:

コメントを投稿