2009年9月9日水曜日

たっくんの完全なる飼育(15)最終回

 後日、理恵は信君の車に乗って、ようこの
マンションの前まで行った。
 ようこが出てくるまで、車の中で、張り込
みをしてみる事にした。

    ・・・

「ちょっと、あんたさぁ。お昼のご飯、買っ
てきてくんない?」
 ようこは風邪をひいてベッドに横になった
まま、竹部に云った。
「ああ、良いよ。夜のご飯は僕が作るから」
 今では竹部は手錠も足縄もされていなかっ
た。竹部はもはや、逃げようとはしなく成っ
ていた。
 ようこが、風邪で倒れてから、竹部が、よ
うこの看病をし、炊事洗濯などをしていた。
 今では、すっかり、普通の夫婦のような生
活をしていた。
「じゃ、行ってくるね」
 そう云うと、竹部は玄関の鍵を開けて、出
掛けて行った。
 
    ・・・

 理恵達は車の中でしばらく、マンションの
入り口を見張っていた。
 時間はお昼近くになっていた。
 諦めて、食事に行こうかと思った矢先に、
マンションから、たっくんらしき、人物が出
てくるのを発見した。
「信君。ね、あれ、たっくんじゃ無い?」
 幾分、痩せ細ってはいるが、マンションか
ら出てくる人物は間違いなくたっくんだった。
 理恵と信は車から出ると、急いで、たっく
んの所まで、走り寄った。
「竹部!おい!俺だ!」
 信が声をかけると、たっくんは立ち止まっ
た。
 たっくんは、はっとした様な顔をしている。
「おい。竹部。お前、無事だったんだな。さ、
帰ろう」
 信君がたっくんの腕を掴むと、たっくんは
それを振り払った。
「よしてくれ。僕は何処へも帰らない。ここ
が僕の家だからね」と、たっくんは今出て来
たマンションを振り返って云った。
「どうしたんだ?俺たちが、どれだけ、お前
の事を心配したか。実家のおふくろさんも悲
しんでるぞ」
「そうよ、たっくん。ね?帰りましょう」と理恵
は云ったが、たっくんは聞く耳を持たないと
言う風情だった。
「僕が居ないと、あの人はだめになってしま
うんだ。だから僕は帰らない」
 その言葉を聴いて、理恵は雷に撃たれたよ
うな衝撃を感じた。
 たっくんの口から出た言葉が信じられなか
った。
「どうしちゃったの?たっくん!あの女に脅
されてるのね?」
「帰りましょう」と、理恵が手を取ったが、
「帰らないと言ってるだろう!」と、たっくんは
その手も振り払った。
 理恵は信じられないと云った表情で泣き出
した。
 たっくんは、そんな理恵と信を尻目にその
場を逃げるように去ってしまった。
 信君は「仕方ない。本人がああ言ってるん
では……。さ、帰ろう」と云って、泣いてい
る理恵の肩を優しく包んで、車の方へ促した。

           おわり

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