2009年9月23日水曜日

霊感修学旅行(8)最終回

 
 床几に座っていた鳥居元忠が、ゆっくりと
立ち上がりました。
「皆の者。親方様の会津討伐の後方を三成に
攻められてはならじと、ここまで防いできた
が、もはやこれ迄。甲賀衆の裏切りにより、
廓に火が放たれた。
 三成軍は、内堀のすぐそこ迄来ている。
 もはや、城が落ちるのは、ときの問題じゃ。
 城に残った者、僅か、三百余名。生き恥を
晒すより、死して、親方様の御報恩に報いよ
うぞ。
 あの笑止千万な治部少輔めに、三河武士の
意地を見せてやろうぞ!」
 元忠は右手の拳を挙げて、えいえいおうっ
と気勢を上げました。
 それに呼応するように臣下の者たちも立ち
上がり、拳を挙げて気勢を放っています。
 茫然自失で、その様子を私達は見ていまし
た。すると、私達をひっ捕らえてきた、脇の
侍がすっと、腰の刀を抜きました。
「おぬし達も観念せい!このわしが成仏させ
てやるわ!」そういうと、私達、四人めがけ
て切りつけて来ました。この時、夏子は侍に
向けて、カメラのフラッシュを焚きました。
「わぁ!」切りつけて来た侍と、背後の侍達
が怯みました。
「今よ!逃げるのよ!」夏子は脱兎のごとく、
廊下を走り出しました。残る私達も夏子の後
に続いて、走りました。
「おのれ!面妖な!待て!」武士達が後方で
騒いでいます。
 こう見えても、私達四人は陸上部なのです。
足には自信があります。
 重い鎧甲冑を着ている侍達が、私達に追い
ついてこれるはずもありません。
 走って本丸を出ると、間もなく外壁が見え
て来ました。
 外壁の周りと入場門の周りは三成軍しかい
ません。
 私達は、この混乱の中、身を隠すようにし
て、門の出口まで来ました。
「どうしよう。あそこに人がいっぱい居るよ
う。あそこを通らないと、出られないよ~」
 幸江は泣きそうな顔でみんなを見ています。
「何とかして、ここを脱出するのよ」
 由美子は悔しそうに唇を噛み、何か思案し
ています。
「本丸からやっと、此処まで来たけど、この
先、更に二の丸、三の丸と抜けて行かないと、
ここから出られないわ」夏子が、もう無理、
と言った様子で、うな垂れました。
「ちょっと、待って。私達、外に出ようとし
ているけど、そもそも、私達の元居た場所は、
あの和室よ!和室に戻りましょう。あそこが
時空の穴になっているのよ」
 私はSF小説で読んだ、《時をかける少
年》を思い出しました。
「あそこに、時空の歪みがあるのよ。あの場
所に戻りましょう。元の世界に戻れるかもし
れないわ」
 このままでは、何万といる、三成軍をかわ
して、城の外に出る事は不可能だと解った私
達は、再び、あの和室に戻ることにしました。
 和室に戻ってみると、城内は静まり返って
いました。もう既に、元忠達は自刃してしま
ったのか?間もなく、ここにも、三成軍が押
し寄せてくるはずです。
 和室には誰もいません。私達四人は手を取
り合って、和室に入りました。すると、あの
興聖寺の竜宮城のような門を潜った時の眩暈
のような感覚に、再び襲われました。
 ふと、気づくと、私達四人は興聖寺の門の
所に佇んでいました。
「戻れたわ!」私が言うと、みんな、手に手
を取り合って、喜びました。幸江は泣きなが
ら、良かったね。よかったね。と、みんなに
抱きついています。
 腕時計を見ると、あれから、三時間程経過
しています。
「いけない!早く戻らないと、先生に怒られ
る!」
 急いで、宇治駅まで戻りました。もう、甘
味処に行っている時間も余裕もありません。
 京都駅までの電車の中で、私達は先ほどの
不思議な体験を思い出して、夢遊病患者のよ
うにぼーっと座席に座っていました。
 この時、知らない人が私達を見たら、若年
認知症の集団だと思ったことでしょう。
 なんとか、門限の時間までに間に合いそう
です。京都駅に着いた私達は、宿までの道す
がら、今日あった事は誰にも話さないで置こ
うと言いました。
 こんな話を誰かに話したら、集団ヒステリ
ーだとか、誇大妄想狂だとか思われるのが落
ちです。下手したら、私達四人は精神病院に
入れられてしまいます。そんなのは勘弁です。
 宿に着いた私達は、疲れがどっと出て来て、
何事も無かったように振舞うのがやっとでし
た。
 後は、鳥居元忠の亡霊が、再び私達のもと
へ出て来ない事を、拙に祈るばかりです。


             おわり。

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